06年5月に行なわれた、諸富徹先生によるトービン税についてのお話の要旨を掲載します。
ぜひ、ご覧ください。
(文責:ATTAC京都事務局)
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トービン税=通貨取引税は世界を救えるか
2006年5月23日
諸富 徹さん(京都大学公共政策大学院)
トービン税について考えていくことは、グローバリゼーションを税金の側面から考えていくことである。世の中には「税金を減らせ」という運動はあるが、新し い税金を求めていく運動は珍しい。これは、税金を世界を変えていくための手段と考える運動であり、実現すれば世界の仕組みに大きな影響を与える可能性があ る。今すぐ運動を具体的に推進していくところまではいっていないと思うが、今はトービン税についてしっかりと理解する段階で、その上で運動に取りかかって いくことになるのだろう。もちろん、トービン税の導入は容易なことではなく、時間をかけてとりくんでいくべき課題である。
たとえば、環境税も経済学者のピグーによって提唱されたのは1920年代であり、その後1960年代に理論的枠組みの整理がおこなわれ、実際に導入され始 めたのは90年代から今世紀にかけてであり、実に提唱から80年かかっている。トービン税もすぐに導入することは難しいかもしれないが、グローバリゼー ションのもたらす矛盾のいくつかを解決してくれるのではないかという期待がある。さらにこの税を通じて、世界をいかに変えていくのかというところにまで議 論は発展していく。
○トービン税とは何か?
トービン税は、エール大学のジェームス・トービンが提唱したことで、このように呼ばれている。しかし、実際にトービン税に関心が寄せられていったのは、 世界的通貨危機の発生による。特にアジア通貨危機においては、危機が各国に連鎖していき、他の地域へ波及していったことが特徴的であった。このアジア通貨 危機はアジア各国に大きな後遺症を残した。つまり、アジア各国で深刻な実体経済へのショックをもたらしたのである。たとえば、韓国においては従来の財閥が 破綻し、外資の比率が増大するとともに、失業者の増加などがもたらされた。
経済にとっての手段(決済手段)であるはずの通貨の価値の変動によって、実体経済に激しい影響を与えるという本末転倒の動きが見られたのである。日本にお いても、いわゆる土地バブルとその崩壊の中で、名目的な土地価格の変動により、実体経済が混乱するという経験を持っている。
こうした連続的な通貨危機を通して、「通貨の価値を安定させることはできないのか」という問題意識が生まれてくるのは当然であろう。通貨の安定をもたらす ための解決方法としては、次の二つが考えられる。まず第一に、通貨の世界的統一である。各国でばらばらの通貨を使用し、その間で通貨取引が行われるから、 通貨危機が生じる以上、通貨を国際的に統一しようという動きが出てきた。ユーロはそのための一つの試みである。欧州連合は、最初は各国の通貨価値の変動を 一定の幅にとどめようとした。しかし逆に、ソロスなどのヘッジファンドにより通貨アタックの標的とされ、1992年にはイギリス・ポンドを集中的に売ら れ、防戦に努めた通貨当局は結局敗北を喫することとなった。その反省から、ユーロが生まれた。ではなぜ欧州連合は通貨の統合に踏み切れたのか。その背景に は、ヨーロッパ各国経済が比較的同じような状況にあったことがある。しかし、現在のアジアではそれは不可能である。
第二の方法がトービン税の導入である。トービン税は、通貨の交換取引1回1回に対して課税する。実体のある輸出入に伴う決済はまとめてするので税金はそん なにかからない。しかし、投機的取引の場合、ひんぱんに通貨取引をしているので、取引を繰り返せば繰り返すほど、多額の税を支払わなければならないことに なる。このため投機の抑制に実効性があると考えられる。
一方、トービン税の税収をどのように使うのか、という点が注目を浴びるようになった。つまり、南北問題の解決のための財源にできないか、という関心が高 まってきたのである。国際公共財(グローバル公共財)をトービン税の税収を使って供給しようという訳である。公共財とは、市場では供給されないで、政府な どによって供給されるもので、それによって対価は得られないが絶対に必要なサービスである。利益を生まない以上、民間では供給できない。そして、いったん 公共財が供給されると、多くの人々に利益が生じるという特徴をもっている。今日、世界には、グローバルに必要だが、どこかの政府が供給するというわけでも ない公共財、つまり国際公共財の必要性が生じてきている。たとえば、地球の気候の安定化させ、温暖化を防止することも国際公共財の一つだが、一国単位では 動機付けができない性質のものである。こうした国際公共財は世界で一斉に供給することが必要であり、その意味で京都議定書の実行は一つの試金石とも言え る。
その他、途上国の衛生状態の改善、AIDSの感染防止などは緊急の課題だが、途上国自身は資金を投入することができない。グローバル課税としてのトービン 税を財源としてこれらにとりくめないか、国際機関の関心が寄せられるようになった。こうした国際機関は従来拠出金に依存してきたが、そうではない独自の財 源を確保することで、アメリカなどの意向に左右されずに資金を使えるというメリットがある。
このように、トービン税には、税金を取る=通貨システムの安定、税金を使う=国際公共財の供給という二つの側面があることになる。
○トービン税の設計
トービン税は一国の導入では実効性がない。通貨取引が課税国を避けて、流れを変えてしまうだけだからである。こうした租税回避の動きを防ぐためには、国際的な同時課税の必要性がある。しかし国際的な通貨取引の中心地で一斉に導入することは困難である。
また、トービン税ではあらゆる通貨取引形態に対して課税する必要がある。そうでなければ、課税されていない取引形態に租税回避の動きを招くことになるから である。こうした点に加えて、トービン税への批判として「投機でない取引に対しても課税してしまう」「トービン税の税率は低く設定されているから、それ以 上の利益を生むであろう集中した投機に対しては無力ではないか」という意見も出されている。
こうした批判に応えるものとして、シュパーンによって二段階トービン税が提案された。これは、トービン税を二つの部分にわけ、まず基礎税率として非常に低 く設定した税金を徴収し、通貨アタックの際には高い税率を設定した為替正常化課徴金によって、投機的取引のみを狙い撃ちするという構想である。基礎税率を 設定することのメリットとして、税金を取ることを通じて日常の経済活動、通貨取引の実態をモニターできるということがある。
○グローバルガバナンスの問題
トービン税導入のもう一つの側面として、グローバルな意思決定の仕組みをどのように改革していくのか、という問題提起がある。つまり、グローバルガバナ ンスの問い直しを迫るという側面であり、税金の配分を決定する過程で民主主義的な意思決定をどのように実現するのか、という問題である。そもそも税金の使 途について徴収される側の意見を聞くというところから、イギリス、フランスにおける議会の開設があり、それが革命の導火線となったという歴史的経緯があ る。トービン税の場合も、税収の使途をIMFやWTOといった国際的官僚機関にゆだねるのではなく、途上国や民衆の意見を反映させるグローバル民主主義の 実現が必要である。
○国際通貨取引税(CTT)条約草案について
条約草案の第2条では、前述の3つの目的、為替相場の安定、国際公共財供給のための世界基金の創設、国際金融市場に対する民主的規制が述べられている。さ らに、徴税の居住地原則(本社のある国に課税権限がある)、申告納税制、二段階トービン税の採用などの規定の他に、グローバル民主主義のための規定とし て、国際通貨取引税機構の創出とその機構が定められている。その中では、評議会(国連総会がモデル)と民主的総会(欧州議会がモデル)の二つの機構が設け られることになっており、前者は各国代表からなり、IMFが各国からの出資金に応じた票数となっているのと違って、CTT機構は人口に応じた票数が規定さ れ、後者は人民に直接選挙された代議士(人口比による票数配分)と市民社会代表(NGOなどを想定)から構成されている。
トービン税を議論することを通じて、グローバル化に迫る重要な契機となるだろうし、グローバルガバナンスの議論にまで至る広い範囲の議論となる。
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