2005年10月14日金曜日

本格化するグローバル市民社会の香港会議対抗行動

マスコミでも報道されているように、WTO交渉は今週10~12日にチューリヒで行われた少数国による「非公式閣僚会合」において、最大の焦点である農業分野で大きな動きがあった。米国がEUや途上国との最大の対立点となっていた国内農業補助金の「削減」を柱とする新提案を行ったのである。それに対してEUやG10(日本、スイスなど食糧輸入国グループ)も「対抗提案」を行い、先にG20(インド、ブラジルなど食糧輸出国を中心とする途上国グループ)が行った提案と合わせて、主要勢力の具体的主張が出揃うことになった。

今回の3日間の「非公式会合」では、市場開放をめぐる各勢力の溝は埋まらなかったものの、週明け17日から会合を再開することでは合意した。EUやG20は、米提案を「不十分」と批判しながらも、基本的には前向きの動きと評価している。19~20日の一般理事会にかけて何らかの「妥結」への動きが表面化する可能性が出てきている(実はEUやブラジル、インドなどは9月から米国との「非公式会合」を重ねており、今回の動き自体がある程度まで出来レースである可能性もある)。

WTOの一般理事会は、形式上は最高意思決定機関である2年に一度の閣僚会議の下に位置するが、シアトル、カンクンにおける閣僚会議の決裂を経て、昨年7月のいわゆる「枠組み合意」以来、一般理事会が(なし崩し的に)閣僚会議に取って代わるほどの重要な意義を持つようになった。ここで大枠の合意ができれば、閣僚会議での妥結の可能性は格段に高まる。逆に、大きな対立点を残したまま閣僚会議に突入すれば、結果は予測がつかず、シアトル、カンクンの再現となる可能性が高い。そのため、WTOのラミー事務局長やUSTR(米通商代表部)のポートマン代表などは、香港までに議案の3分の2以上で合意に達することを目標としている。

現在の予定では、10月の一般理事会が終われば、香港閣僚会議直前の12月初めまで一般理事会は開かれない。したがって、今週から来週の一般理事会までの一連の会合が、香港の帰趨を大きく左右する重要な前哨戦となるのである。
こうした情勢認識のもと、現地で交渉を監視しているジュネーブ・ピープルズ・アライアンスなどスイスの市民社会、それにフォーカス・オン・ザ・グローバルサウスやATTACなどの国際NGOを中心とするグローバル市民勢力は、10月一般理事会への国際的抗議行動を早くから呼びかけてきた。同時に、その他の各国、各地域の取り組みもいよいよ本格化しつつある。以下では、そうしたグローバル市民社会の動きをいくつか紹介する。

◎10月一般理事会に対する国際抗議行動と香港への結集
来週19~20日のジュネーブ本部でのWTO一般理事会に対する抗議行動は、今週末15日から開始され、5,000人以上が参加すると見込まれている。これは事実上、香港WTO閣僚会議に対抗する最初の大規模な民衆行動となるだろう。その合言葉は、「香港の前にWTOの企業アジェンダをストップさせろ!」(STOP the WTO corporate agenda before Hong Kong !)である。
一方、12月の香港閣僚会議には、少なくとも8,000人以上が結集すると予測されている。これには、韓国から2,000~3,000人、フィリピン、インドネシア、タイからの数千人が含まれる。おそらく実際はそれを大きく上回り、万単位に達するものと見込まれる。
WTO交渉の現地における行動は、以前にも増して重要になっている。シアトルでもカンクンでも、会議場を取り囲んだ数万の民衆と途上国政府代表団の事実上の「同盟」が、閣僚会議を決裂に追い込む原動力となった。しかも今回は過去2回の決裂を経てドーハ・ラウンドそのものの成否がかかっているだけに、カンクン当時よりも合意への圧力が格段に強い。どの国も基本的に決裂を視野に入れたアプローチを取っていない。それだけに市民社会の圧力がカギとなる可能性が高いのである。
「われわれの目的はただ1つ、合意を阻止することだ。途上国政府に対して、第三世界とその他の地域の民衆の利益を代表する市民社会の多数の人々の存在を示し、われわれが合意成立を決して許さないことを示すのだ。」「われわれは、『損な取引ならしない方がましだ』(No deal is better than a bad deal)のスローガンのもとに団結するだろう。」(ウォールデン・ベロー)

◎「農業をWTOから除外せよ」-インドで反WTOの大農民集会
マハトマ・ガンジーの生誕記念日にあたる10月2日、ムンバイで全国から5万人を超える農民が参加してWTOと政府の農業政策に反対する大集会が開かれた。主催はインド各州の農民運動組織を束ねるインド農民運動調整委員会(the India Coordination Committee of Farmers Movements)である。国内農業を破壊し、農民を破滅へと導く政府の政策に反対し、WTO交渉からの農業の除外、輸入農産物に対する関税の引き上げと輸入数量制限の再開を求めた。シン首相に宛てた声明は次のように述べている。「インドの農業は産業ではない。生計の主な源として人口の70%を支えているのだ。我々は政府に要求する。WTOから脱退せよ。農業をWTOから除外せよ。」

◎貿易の公正を求めるグローバル・マス・ロビー(Global Mass Lobby for Trade Justice)
欧州を中心に世界各国で、10~11月に議会に対して同時多発的な大衆ロビー活動(マス・ロビー)を展開する運動が進められている。WTO一般理事会や香港閣僚会議を前に、議員と交渉担当者に圧力をかけ、彼らを「教育する」ことが目的である。
イギリスではTrade Justice Movement、Co-operative Bankなどが中心となって運動を組織、「自由貿易ではなく貿易の公正(trade justice)を」などを掲げて11月2日、ウェストミンスターで集会とロビー活動を展開する。貧困を終わらせ、環境を守るために各国政府、とくに貧しい国々の政府が貿易政策を自ら決定する権利を保証すること、全世界の貧しいコミュニティに損害を与えている輸出ダンピングをやめること、大企業が民衆と環境を犠牲にして利潤をむさぼることをやめさせる法律を作ること、などを主張している。
11月21日には、ブリュッセルでのEU閣僚会議(21~22日)をターゲットに、欧州全土から参加者が結集する予定である。この会議はEU全体レベルとしてはWTO香港会議前の最後の会議となり、EUの最終的な交渉姿勢を確認する場となる。その他、オーストラリア、バングラデシュ、ドイツ、インドなど世界各国で連携した運動が計画されている。(ひで)