2005年10月8日土曜日

香港WTO閣僚会議に向けて

世界貿易機関(WTO:World Trade Organization)の第6回閣僚会議が今年12月に香港で開催されます。今回の会議は、WTO「ドーハ・ラウンド」の行方、ひいてはWTOに具現化されている先進国・多国籍企業主導のグローバルな貿易・投資自由化の流れが加速するか、それとも失速するかを大きく左右する重大な会議になります。

ATTAC京都では、香港閣僚会議に向けて対抗的世論を形成するための媒体の1つとして、新たにBlogを立ち上げました。今後、WTO/FTA、貿易・投資自由化、グローバリゼーション関連の情報や見解を随時アップしていく予定です。

今回は手始めとして、WTOの発足から「ドーハ・ラウンド」に至る経過を簡単に振り返り、香港閣僚会議の位置付けを確認しておきたいと思います。

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◎「新ラウンド」の登場と挫折−−「シアトルの反乱」
WTO(世界貿易機関)は、1994年4月、GATT(関税と貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドに参加した124カ国の閣僚がモロッコのマラケシュに集まってその設立が決定され、翌1995年1月に76カ国、地域が参加して発足した。

WTOでは、シンガポールにおける第1回閣僚会議(1996年)以来、非民主的な協議・決定方式、事務局長人事などをめぐって先進国と途上国との軋轢が生じたが、交渉項目についても真っ向から対立した。途上国側が先進国の市場開放、後発途上国に対する特別差別化待遇(SDT:Special and Differentiated Treatment)など、ウルグアイ・ラウンド合意の未実施問題だけを協議するよう主張したのに対して、米・EUなど先進国側は投資、競争政策、政府調達の自由化といった新しい項目(いわゆる「シンガポール・イシュー」)を加え、包括的に交渉する新ラウンドの開始を主張したのである。

新ラウンドは当初2000年1月1日から開始されることが予定されたため「ミレニアム・ラウンド」と呼ばれ、1999年11月30日〜12月4日にシアトルで開かれた第3回閣僚会議で開始を宣言することになっていた。しかし、このシアトル閣僚会議は7万人にも及ぶ市民・労働者の抗議行動と途上国の抵抗=「シアトルの反乱」によって流会し、新ラウンドはいったん挫折した。

◎先進国の巻き返しと途上国の抵抗−−ドーハ閣僚会議
第4回閣僚会議はニューヨーク、ワシントンを襲ったテロ事件から間もない2001年11月、カタールのドーハで開かれた。シアトルの二の舞を避けるため、反対派が入国しにくい場所を選んだのである。米は「テロに屈しないため」という論理で強力に新ラウンド開始を主張した。それでも会議は途上国と先進国が鋭く対立し、インドの抵抗によって会期は1日延長された。ここで採択されたのが、いわゆる「ドーハ開発アジェンダ」(閣僚宣言、TRIPS協定宣言、実施決議)である。

途上国側は、先進国の農業補助金や国内支持の段階的削減、農産物・繊維製品の市場開放などで一定の譲歩を獲得したが、米・EUを中心とする先進国側は「新ラウンド」を閣僚宣言に盛り込むことに成功した。ドーハ閣僚宣言では、新ラウンドは2003年の第5回閣僚会議をもって開始すると規定された。インドなどの激しい抵抗により2年先送りされ、「第5回閣僚会議までに加盟国が明白な合意に達した場合」という前提条件が付けられた。

◎「シアトルの再現」となったカンクン閣僚会議
第5回閣僚会議は2003年9月にメキシコのカンクンで開かれた。会議は当初から農業と投資分野で先進国と途上国が対立した。カンクンには、ビア・カンペシーナと呼ばれる国際農民運動を中心に、全世界から2万人もの農民・市民が結集して抗議行動を行った。さらに、ブラジル、インド、中国、アルゼンチン、南アといった農業大国を中心とする途上国グループ(G20)が結束して先進国に対抗、アフリカの最貧4カ国(ベニン、ブルキナファソ、マリ、チャド)も「綿花の補助金撤廃」を求める声明を出すなど、途上国側が強く抵抗し、会議は決裂に追い込まれた。

シアトル以降さらに力を増した国際的な民衆運動と途上国政府の抵抗によって、「新ラウンド」は再び挫折したのである。

◎途上国の分断と「枠組み合意」
シアトル、カンクンの閣僚会議における2度の失敗を経て、米、EUを中心とする先進国はジュネーブの一般理事会の場で巻き返しはかり、「大きな勝利」をおさめた。2004年7月の一般理事会で「枠組み合意」が成立した。先進国側はカンクン会議決裂の原動力となったG20の盟主、ブラジルとインドを切り崩すことに成功したのである。

いわゆるFIPS(Five Interested Parties)グループが形成され(米、EU、オーストラリア、ブラジル、インド)、農業分野の合意文書が作成された。これに非農産物市場アクセス(NAMA)、貿易円滑化(「シンガポール・イシュー」の1つ)、サービス貿易を加えた4分野で交渉の「枠組み」が取り決められた。また、当初の新ラウンド交渉期限である2005年1月1日を超えて交渉を継続すること、次回閣僚会議を2005年12月に香港で開催することが確認された。途上国側が求めてきた特別待遇や食糧主権、「シンガポール・イシュー」の除外などは認められなかった。この合意は全体として先進国(とくに米とEU)に有利な内容となっている。

閣僚会議の下位に置かれた一般理事会で、たった40人程度の貿易担当大臣の出席により、こうした重大な決定がなされたのである。米・EUは新ラウンドを延命させることに成功した。

◎雌雄を決するか−−香港閣僚会議
こうして、WTOの新ラウンド(「ドーハ・ラウンド」)は、シアトル、カンクンの閣僚会議の決裂によって大きく後退しながらも、昨年7月の「枠組み合意」によってかろうじて息を吹き返した。妥結の方向に進めば、世界の民衆はさらに深く広い自由化の波にさらされるだろう。逆に、香港で閣僚会議が再び決裂すれば、「ドーハ・ラウンド」交渉はもちろん、WTOを中心とした「多角的貿易・投資自由化」の枠組みそのものが大きく揺らぐことになる。今後3カ月間の市民社会の取り組みがきわめて重要である。

今年7月末に開かれた一般理事会では、「枠組み」からさらに踏み込んで交渉方式(モダリティ)の第一次原案を作成するはずであったが、これは失敗に終わった。一部には香港会議への悲観論も出ている。しかし、先の一般理事会の経過のなかに、すでに妥結につながる危険な兆候をみることもできるのである。

−−−次回は、ジュネーブにおける交渉の現状と香港閣僚会議の焦点について、さらに詳しく見ていくことにします。(ひで)